サマリー
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近年、家庭医に関して、その定義を求められることが多いが、「家庭医とは何か」という問いへの答え方は、例えば、心臓外科とは何か?皮膚科とは何か?という ような問いへの答えとは質的にことなる。家庭医とは、もともと存在していた地域の医師を再定義したものだからである。もともと地域の第一線で外来中心にプライマリ・ケアを行っていた診療所医師、開業医師の仕事の内容をすべて鍋で煮詰めて、底に残ったエスキスが家庭医の定義なのである[i]。従って、家庭医とは何か?という問いに答えるために家庭医の仕事を分析するというトートロジー、あるいは自己言及的な定義にならざるをえない。皮膚の解剖、生理、病理学 にもとづいて、皮膚の疾患を診断治療する医師が皮膚科医であるというような定義ができないため、議論に混乱が起こりやすくなる。Ian McWhinney[ii]によれば、家庭医の定義は、以下のような地域住民にとってなくてはならない存在となっている地域のプライマリ・ケア医の仕事の 内容から浮かび上がってくるものである、と述べている。
家庭医の定義の問題を議論する実践的な意味の一つは、若い医師をいかに効率的に、効果的に、妥当性をもって家庭医として育てられるかということにある。つまり、家庭医療レジデンシー(卒後専門研修)プログラムの作成と評価のためのガイドとして必須だからである。
では、地域で実践するプライマリ・ケア医にとって、こうした家庭医の定義やコアとなるコンピテンスや属性を意識することによって、医療活動にどのような影響 があるだろうか。この疑問に答えるために、カナダ家庭医学会が、レジデンシープログラム作成ガイドラインの中で、以下の家庭医/家庭医療の4つの行動原則 (principles)を提示しているが、この原則にそって一つの臨床事例を記述してみよう。
私は、家庭医としてある町の小病院で医療活動を始めた。87歳の男性が道で転倒し、頭を切ったということで来院した。縫合処置をした後、再度身体診察をして みると、パーキンソニズムの初期像が疑われる所見を得た。この1年ぐらいで、動きがわるくなったと同居している妻は自覚していたが「年のせい」と思っていたとのことだった。他の病院でMRIなどの診断のための検査をオーダーし、薬物療法を開始したところ、その患者の動きは非常に良くなった。
家庭医は自分の役割の中心に患者—医師関係の構築と継続を据えている
この患者は、当初は「動きが悪い」ことについての検査や診察について拒否的であった。しかし、患者中心の医療(patient centered clinical method)に準じて、縫合部の処置で来院した際に、家族の話、これまでの医療経験を、簡単なライフヒストリーなどを共感的に聴取した。80歳の妻に負 担をかけたくないこと、戦争でかろうじて生き残ったという体験から、もともと長生きしたいとは思っていないことなどがわかった。しかし、こうした会話の中 で、患者とその妻との信頼関係が徐々に構築され、治療を開始することができるようになった。
老年医学の文献などをスタッフで学習した。転倒以外の軽度の失禁や軽度の認知障害など、介入によって改善する可能性のある高齢者特有の症状に関しては、病院 内でも注目されておらず、一定期間サーベイを行ってみると、高血圧症などで通院している高齢者の外来患者では、医療者側において、そうした問題自体が健康 問題として認識されていないこともわかった。外来スタッフで学習会を行い、高齢者総合的評価法(comprehensive geriatric assessment)を多職チームで行えるようにし、外来患者の再評価と介入を行った。
その後、注意して高齢者の患者に問診していると、この地域では転倒に関しては、運動不足、年のせいといった認識が多い印象をもった。老人会の講演に呼ばれた ときに、普段は「元気」な高齢者は、そうした問題を医者に相談しないということがわかった。地区の保健センターに働きかけ、住民対象の講習会などを開き啓 蒙活動を行った。また保健センターの保健師による転倒予防体操の教室を行われることになった。
筆者らは、「かかりつけ医」とは、ある地域住民が何らかの健康問題を抱えたときに、その健康問題の種類にかかわらず、まず最初に援助を求める重要な対象として思い浮かべられる医師のことである、と定義している。この定義のもと、ある医師がかかりつけ医として選ばれる条件に関する質的研究[iii]を行ったと ころ、以下の5つの要件がそろった医師がかかりつけ医であるとされた。
この研究から明らかになったことは、住民は、コミュニケーション、近接性、患者の「病い」の文脈と生活空間の知識、そして広範囲な問題解決能力(これは治療 技術や設備ではなく、よろず相談機能をもち、必要な場合適切に紹介できることを意味している)をなによりもかかりつけ医の属性として重視している。これら は世界的な家庭医のコアとされる能力に一致しており、日本においてもこうした能力を系統的にトレーニングされた家庭医が潜在的には求められていることが示 唆された。
家庭医の持つ「得意な領域」は、現実的には呼吸器病学であったり、皮膚科学というような従来の伝統的なサブスペシャル分野とはことなる捉え方をすることが、家庭医自身のアイデンティティを強固に持つ上でも重要であると筆者らは考えている。例えば、呼吸器病学全般を得意とするというあり方は、実際のプライマリ・ケアの現場における疾患や健康問題の頻度を考慮すると、非現実的であり、「喘息の生活指導を得意としている」「在宅酸素療法は非常に詳しい」といった得意分野の持ち方が適切であろう。さらに伝統的な専門分野てゃことなり、総合性が要求される老年医学やウイメンズ・ヘルス、あるいは非臨床分野としてヘルスサービス研究や医学教育を専門分野としてもつといったあり方も家庭医では適切であろう。ここでは、ウイメンズ・ヘルス(以下WH)を例に挙げ、家庭医のもつ専門性の一つとして提示したい。
プライマリ・ケアを担う家庭医は、男性患者に比して女性患者を診る機会が多い。さまざまな年代の女性に関わる家庭医は、女性の各ライフステージに応じた対応能力が必要である。また、「世話する人生」を歩む女性にとって子育て、介護の問題など、女性の健康問題は家族や地域との関わりも強い。WHにおいて包括的、継続的、近接的なケアを地域で提供する家庭医の役割は大きい。
女性の各ライフステージにおける特徴的な健康問題を以下にあげる。
地域住民がもとめる真のかかりつけ医機能は、世界で一つの専門領域として認知されている家庭医に必要とされている属性と一致する。地域で家庭医の行動原則にもとづく医療を展開することが、今後求められるであろう。そして、地域が求める家庭医を「家庭医として育てる」ような教育システム(家庭医療専門研修)が必要とされると思われる。
引用文献 [i] Saultz JW. Textbook of Family Medicine: Defining and Examining the Discipline. New York, McGraw-Hill, 2000. [ii] McWhinney IR: A Textbook of Family Medicine, New York, Oxford University Press, 1997. [iii]篠塚雅也、他:かかりつけ医に求められる条件についての質的研究. 病体生理, 36:19-23, 2002. |
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