地域基盤型/指向性医学教育(Community based/oriented medical education、以下COME)とは、地域に関連した健康問題を基盤にして構築されたカリキュラムにもとづいておこなわれる。COMEは、問題基盤型 学習、学習者中心の教育と並んで、世界の多くの医学部カリキュラム改革のキーワードの一つである。この章では、COMEの基本的な理念とカリキュラム構成 要件について概略と展望を述べる。
地域基盤型/指向性医学教育は・・・
COMEは、世界の多くの医学部カリキュラム改革のキーワードの一つである。日本においては、診療所実習、病院の外にでる研修、地域を体験する学び、地域 保健医療研修など、大学病院では学べないことを地域で学ぶというようなニュアンスで語られることの多い分野である。むろんこれまで、医学教育の場が大学病 院をはじめとした、高度医療施設での教育が中心で、教官も各科のエキスパートが教えるというようなスタイルが中心だった日本の医学教育において、地域で正 式に学ぶ機会をつくるべきであるという動きは大きな前進といえる。しかし、今現在日本で語られている地域医療の学びは、教育の場を地域にも置くということ にとどまっている。世界的なトレンドとしてのCOMEはむしろ、もっと医学教育全般に通底するコンセプトとして「地域」(community)を取り上げ ていることを知っておきたい。
COMEのコンセプトを明らかにするために、地域指向性医療実践が最終的なゴールをどこにおいているかを表1に示すCOMEの目指すところが明らかになる だろう。むろん従来型の診療が古く、地域指向性の診療が新しいということではない。コンテキストによっては従来型の医療が適切な場合も多い。あくまで、医 療の方向性として両極が存在し、そのバランスをどうとるかが重要である。日本の保健医療福祉を取り巻く環境の変化、特に高齢社会、総医療費の増大、医療の 妥当性と費用対効果の追求、安全性や説明責任の要求などは、COMEの必要性と深く通底している。
パラメータ | 従来型医療 | 地域指向性医療 |
実践のフォーカス | 病んだ「個人」 | 地域の健康 |
対象人口集団 | 病人と障がい者 | 人口集団全体 |
教育セッティング | 病院のみ | 病院、診療所、在宅、諸施設等 |
診療のスタイル | 医師主導の介入と治療的処置最優先 | 患者との共通基盤の形成を優先 |
問題解決プロセス | 医学的疾患の鑑別診断を行うこと | 総合的ニーズアセスメントから開始 |
診療のフォーカス | 治癒的診療にフォーカスをしぼる | 予防にフォーカスをしぼる |
医療展開の方向性 どこを充実させるか |
病院 | 地域にとってもっとも適切で必要な場 |
定義は、A community is a body of people organized into a political, municipal or social unit.である。この定義におけるキーワードは ‘people’ と‘organized’である。実際には施設なりプログラムがターゲットとする「何らかの」人口集団のことであるといってよい。すなわち、ある居住圏や 自治体の住民全体だけでなく、ある特定の問題のある集団(aggregates)、中学校の生徒、病院通院中の患者集団、病院の職員集団等、なんらかの枠 組みで組織された人口集団がCOMEにおける地域=communityである。
地域指向性医学教育を実践する上で、以下に述べるような、いくつかの特徴的なポイントがある。これらをなんらかの形で、教員、指導医の担当するコース、プ ログラムに適用していくことで、地域指向性を含む教育を実現することができるといわれている。これは地域医療教育担当者にのみ適応されるものではなく、各 専門科や基礎医学領域の教官も、こうした特徴を各々の教育カリキュラムに盛り込むことがCOMEの理念である。
特に地域医療の現場で衆目一致で信頼されている医師が教育にかかわれる環境を作ることがキーになる。そうした医師は、コミュニケーションに優れ、患者の健 康問題に非選択的に対応し、思慮深い診療をしているため、学習者のよいロールモデルである。このことが、学習者が将来どんな進路に進もうともプロフェッ ショナルとしての成長に大きな影響をあたえることになる。
地域を知ることが重要で、できれば地域診断までおこなうことが望ましい。そのためには傾聴を中心としたコミュニケーションスキル、様々な職種とのラポール形成能力、グループ討議やワークショップの運営スキルなど、様々なgeneric skillが必要になる。
「疾患を駆逐することが健康の実現である」という病院型パラダイムが通用せず、健康とはそもそもなにかということに直面させられる場面が地域にはしばしば 存在する。治癒や問題解決のみにとらわれず、ケアや安定化(Stabilizing)がゴールになる場合も多い。このことは、生物医学モデルではない、生 物心理社会倫理的な学びの場が地域にはあることをしめしている。地域における予防医学、ヘルスプロモーションの学びもCOMEならではである。
個別ケアの充実が直接地域全体の健康状態やQOLを改善するわけではないことが地域では痛感させられることがある。健康の社会的決定因子の理解もCOME では重視される。近年地域の健康問題を同定し解決に向けたとりくみをアクション・リサーチとして医学生に取り組ませる試みが注目されている。
これはCOMEに特徴的なものではないが、他の特徴を構造的に支えるものである。疾患や健康問題に関する、予防、治癒、リハビリテーションの3次元をカ バーする教育が必要である。特に、予防医療やヘルスプロモーションはほとんどすべて病院外でおこなわれている。また、地域には自然治癒する疾患も多いが、 それらは病院病棟医療ではカバーされていない。リハビリテーションも長期になると地域で実施されている。
疾患の有無にかかわらず、さまざまなケアが継続的に提供されるのが地域医療の特徴のひとつである。人が、家族が、その地域で生まれ、生活し、亡くなってい くという流れを理解することは、COMEの基盤となるコンテンツであろう。生物学的成長と、心理社会的成長、ライフイベント、家族構造のサイクルなどを一 般的などを学び、医学的知識と統合することを重視したい。
多職種で、身体、心理、家族、倫理、地域、経済などさまざまな観点から一つの事例を検討する方法であり、ある種のproblem based learningといえる。だだし、この場合のproblemはリアル・ケースであり、問題解決や自体の安定化をめざして行われる。地域の困難事例や在宅 事例などに取り組む際に非常に有用である。他職種の役割や考え方を学ぶことができるため、チームワークに関する学びにもつながり、地域のおける様々な連携 のあり方を実質的に学ぶことができるだろう。
チームワークに関する教育プログラムは、「全て」地域指向性のプログラムである。それは、「地域=ある組織化された集団」であり、「指向性=状況に応じて 視点を変えながらも、ある一定の方向性を向いていること」の二つの観点から、チームワークに関する教育は地域指向性医療の根本と関わっているといえるから である。おそらく基礎医学実習から、専門各科の実習でもあらゆる場面でチーム運営のスキルは必要とされるので、そこを評価・フィードバックすることで、基 礎医学実習ですらCOMEにかかわることができるのである。
地域を意識した医学教育が日本においても重視されつつあるが、現時点では、まだ、病院や大学の壁を越えた教育という程度のものであろう。つまり、地域医 療の学びは、病院や大学では出来ないから、地域に出さなければならないということである。しかし、そうだろうか?むしろ、地域基盤型/指向性医学教育の視 点からみると、地域での教育と病院での教育の役割を明確に分けてしまうことは、逆説的に、病院が医療における中心であるという考えを補強してしまうことに なるのではないだろうか。世界的に重視されつつある地域指向性医学教育のラディカルな側面は、この病院中心主義を脱中心化するところにある。その脱中心化 のための戦略の代表的なものがこれまで述べてきた、7つの特徴である。こうした特徴をカリキュラム構築において考慮することで、大学や病院においても、地 域指向性医学教育は十分可能であることを強調しておきたい。
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