家庭医のKeep Up to Dateの方法論〜家庭医の生涯学習に必要な視点〜

はじめに

家庭医はどうやって臨床能力を維持発展させ、自分自身をアップデートしていけばいいのか?
この問題については、様々な取り組みがむろんあるが、従来は基本的に各科専門医の生涯学習とまったく同様な方法論に基づいて行われてきたといっていい。そ れは日本においては、優秀な医師になる方法というのがきわめてシンプルな方法、すなわち「たくさん患者をみて、同じ疾患をなんども経験し、手技を繰り返し おこなうこと」しか、原則的には提示されていなかったからである。しかし、家庭医はこの方略で自身を成長させることは原理的に不可能である。なぜなら、非 選択的が診療をおこなうよろず相談医であってみれば、「たくさん、くりかえし経験する」のは不可能だからである。とすると、これまで家庭医は(超人的な家 庭医は別だが)どうしていたかというと、サブスペシャル(内視鏡検査や糖尿病等)を設定し、その分野は専門医と同様の生涯学習法を採用し、それ以外の領域 はいきあたりばったりの学習、へたをするとMR経由の情報に基づく学習に陥っていた可能性がある。これでは、プライマリ・ケアの診療の質が維持できない可 能性が高いのではないだろうか。

さて、本来の家庭医療における行動原則は、特定の個人、家族、地域に継続的に関わるところにある。したがって、対応する健康問題は、狭義の生物医学的疾患 にとどまらず、心理、社会、文化、倫理的な次元をふくんでいることが多い。また、高齢社会を迎える中で、医療需要度が高く、急性期対応も必要とする在宅医 療や緩和ケアを家庭医が担う場面が増えてきており、従来型の外来主体型家庭医では経験しえなかった複雑な問題に対応することが求められている。また、地域 基盤型病院で働く病院総合医においても、多数の併存疾患をもつ高齢者、家に帰る条件づくりが困難な患者、胃瘻造設などの倫理的判断など、予測不能の様々な 事態に取り組むことが多い。病院でも診療所でもジェネラリストは、複雑な問題な問題に対応することがある意味でその「専門性」の一つとしてもとめられてい るといえるかもしれない。

この論考では、従来型の生涯学習のパターンを突破するための、学習方略を素描を試みてみたい。

生涯教育と臨床問題の複雑性の評価

医学的診断をすることで評価をし、科学的根拠にもとづく治療をおこなうことで解決される臨床問題ももちろん多いが、複雑な心理社会的問題、医療施設や医療 制度のシステムの問題への評価と介入なしではアプローチが難しい事例も、しばしば経験するのは前述したとおりである。言い換えると、家庭医の出会う健康問 題を考える場合、たとえば従来の病状の重症度(重症か軽症か)とか、疾患の頻度(一般的か稀か)の軸にもとづいて、比較的軽症事例をみているとか、 common diseaseをみることが多い、というような記述では、十分表現できないのである。むしろ健康問題の「構造」から考えたほうが、実はわかりやすいと筆者 は考えている。この構造から生涯学習を構想みてみよう。

ここで採用する構造分析は、臨床問題の複雑性(complexity)の程度から、臨床問題を分類しようとする試みに基づいている。Sturmbergら[1]は以下の分類を提唱している。

Simpleな問題 アルゴリズムやプロトコールに沿っておこなえば対応できる問題。
例:合併症のない狭心症にもっとも効果のある処方を探す。
Complicatedな問題 いくつかのSimpleな問題の組み合わせだが、相互に影響関係がありプロトコールはない。しかし、一般化可能な対応のコツはある。
例:狭心症、高血圧、不整脈、骨粗鬆症、うつ病をもつ患者でもっとも費用対効果のある治療法を選ぶ。
Complexな問題 Complicatedな問題にくわえて、個別性の高い要因がおおく影響している。時間軸や地域性も関与し、一般化可能な対応法を絞り込むことができない。
例:社会的弱者層の患者で、狭心症、糖尿病、うつ病があり、アルコール問題、法的問題、家族問題を抱えている患者に対するもっともよいケアは何かを考える。
Chaoticな問題 問題群がコントロール不可能な問題を多く含み、それらが無秩序にからみあっているため、今後の展開を予測することができない。良い対応法は、問題がおちついたあとの振り返りでしか見出すことができない。
例:僻地の患者で社会的に孤立しており、法的・家族的問題を抱え、狭心症、糖尿病、慢性腎不全、うつ病があり、アルコール問題の悪化により生じた危機的状況をどうマネージメントするかを考える。

Sturmbergらは、Simple, Complicatedな問題は「問題解決」が、Complex, Chaoticな問題は「安定化」(Stabilizing)がゴールになるとしている。通常の医学的診断⇒治療のプロセスは問題解決プロセスといえる が、とりあえず状況をおちつかせる、あるいはクライシスにおちいらせないことも医療の目標であることを示している点で、この構造分類は医療者にとって有用 である。

Simpleな問題についての生涯学習

これは以下にあげるような、症状へのアプローチを系統的に学び、経験を通じて、より磨いていくことである。そして、きわめてよく出会う疾患については、常 に最新情報をチェックしていくことが重要である。構造的に単純な問題(これは軽症ということではない)に関しては、他の専門医とほぼ同じ学習法でよいと いってよい。もっとシンプルにいうと、この表にあげられた項目については、準備なしで30分くらい講義ができるという能力が求められる。

家庭医がアプローチ上の系統的知識をもつ必要がある症状群(日本医師会生涯教育カリキュラムより抜粋)
ショック 急性中毒 全身倦怠感 身体機能の低下 不眠 食欲不振 体重減少・るい痩 体重増加・肥満 浮腫 リンパ節腫脹 発疹 黄疸 発熱 認知能の障害 頭痛 めまい 意識障害 失神 言語障害 けいれん発作 視力障害・視野狭窄 目の充血 聴覚障害 鼻漏・鼻閉 鼻出血 嗄声 胸痛 動悸 心肺停止 呼吸困難 咳・痰 誤嚥 誤飲 嚥下困難 吐血・下血 嘔気・嘔吐 胸やけ 腹痛 便通異常(下痢、便秘)肛門・会陰部痛 熱傷 外傷 褥瘡 背部痛 腰痛 関節痛 歩行障害 四肢のしびれ 肉眼的血尿 排尿障害(尿失禁・排尿困難) 乏尿・尿閉 多尿 精神科領域の救急 不安気分の障害(うつ)流・早産および満期産 成長・発達の障害
家庭医が最低限系統的にアップデートすべき疾患群(日本医師会生涯教育プログラムより抜粋)
高血圧症 脂質異常症 糖尿病 骨粗鬆症 脳血管障害後遺症 気管支喘息

Complicatedな問題の生涯学習

併存疾患が多い、合併症が多いといった状態についてのアップデートは、家庭医療の現場、特に診療所の中にいるだけではなかなかむずかしいものである。併存 のしかたや合併のしかたの組み合わせは無限にあるので、complicatedな健康問題の領域に関しては、自分のニーズにあった書物や論文、雑誌記事、 講義などは存在しないといってよい。
やはり病院の入院患者のカンファレンスなどでの経験をある時期に集中して行わないと、complicatedな健康問題に関する臨床力をやしなうことはで きない。なぜなら、complicatedな問題を自力で解決する頻度はさほど多くないため、経験にまかせておけば自然にできるようになるといったもので はないからである。家庭医になるためには病院病棟での診療経験、とくに併存疾患の多い高齢者の比較的重症例の経験が必須なのである。

具体的には、やはり病院スペシャリストへのコンサルテーション、紹介入院となった患者の回診、病院の研修医カンファレンスやCPCへの参加、SNSやメーリングリストでのプライバシーを配慮した相談などが方法としてありうる。

Complex & Chaoticな問題の生涯学習

さて、この領域に関する生涯学習については、すこし詳細に解説したい。

困難事例と感じる時

おそらく医療者が以下のようなストレスを感じる場合、直面する臨床問題は複雑(Complex)であり、それが困難事例そのものである。

「なんだかごちゃごちゃしていて、大変です。自分はうまくマネージメントする自信はないです・・・この状況を人に説明するのも難しい・・・患者さんについてネガティブな感情が湧いてきてしまうんですよね・・・」
「とりあえずおちつかせたいとは思うけど、どこから手をつけたらわからないし、そもそも自分一人じゃ無理だよなあ・・・」
「この患者さんにいろいろ話をしたりするんだけど、なんとなくポイントがずれた話しかできていないような気がする・・・いくら説得してもぜんぜん生活をかえてくれない・・・」
「この患者さんのケアで、この地域でこんなことができればなあ、というアイデアは浮かぶんだけど、どこに相談したらいいかわからないです・・・」

さらに、問題の複雑性が高いことを示唆する事態を以下に示す。

  • 問題が複雑である可能性を思わせる徴候
  •  疾患に関するプロトコールやアルゴリズムが使えない、あるいは役にたたない状況である。
  • 健康状態が予想外に改善しない。
  •  関わっている医療者の気持ちが沈んでしまう。
  •  病気の重症度や事態の深刻度に関する認識に関して、医療者と患者のギャップが大きい。
  •  関わっている医師数が多く、ついている診断名も多い。
  •  これまでうまくいかなかったり、受け入れられなかったりした治療や処置が多い。
  • 入院回数や入院日数が多い。
  • 予約外受診や夜間救急外来の受診が多い。
  • 利用している社会制度、サービスが多い。

複雑事例へのアプローチの困難性はどこにあるのか?その対策は?

1.複雑であることを、どのように分析・記述し、伝え、マネージメントすればいいのかわからない。
複雑困難は事例を前にして、その事例をフレーミングする枠組みや記述することば、ボキャブラリーをもたなければ、ただ困惑するだけである。ここでは、複雑であることを分析記述するためのボキャブラリーを提供する近年の研究を二つ紹介する。

INTERMED日本語版
INTERMEDは内科および外科患者(主として入院患者)の評価や治療計画に必要な身体・心理・社会的アプローチを反映させるために、de Jongeらにより開発された多次元評価尺度である[2]。身体的ケアへの包括的アプローチ,意思決定のサポートやその後の管理における実践的アプローチ を適切に行うことが目標である。これは二次元で構成されており、第一次元は、個々の患者のBiological(身体的)、 Psychological(心理的)、Social(社会的)、ならびにHealth Care(医療とのかかわり)を評価する4つの分野からなる。第二次元はHistory(病歴)、Current State(現症)、Prognoses(今後の見通し)という時間軸にそった3つの時期から構成されており、この3つの時期それぞれについて、上述した 4分野の評価を行う。結果、3つの時期における4つの分野での定量化も可能である。個々の評価はその後の実践に直結するようになっており、単に記述・研究 目的の評価測定ではない。INTERMEDはすでに日本語版が開発されている。
INTERMEDにおける事例の複雑さの評価に必要なキーワードを以下に紹介する。こうした語彙に習熟することで、複雑事例を記述することが可能になるだろう。

INTERMEDの評価次元とキーワード

病歴 現在の状態 今後の見通し
身体的 慢性度/診断の困難さ 症状の重症度/診断上の課題 合併症/生命的危険度
心理的 コーピング/精神科的 機能障害治療への抵抗/精神症状 精神障害の危険性
社会的 社会との繋がり/社会機能障害 生活環境の不安定性/ネットワーク 社会的脆弱性
医療関連 治療強度/治療経験 ケアの構造/診療依頼の適切性 医療とのかかわりの見通し

Minnesota Complexity Assessment Method
入院患者を対象としたINTERMEDに対応して、プライマリ・ケア領域での複雑性の評価を目標に、ミネソタ大学家庭医療学科のBairdらにより開発さ れてきているのが、Minnesota Complexity Assessment Method (MCAM)である[3]。日本語版はまだ開発されていないが、今回は、家庭医療の日常診療において、包括的評価や多職種チーム形成を必要としない程度の 複雑度の事例に対する簡易評価シートを紹介する。多少の困難さを認識した際に、その困難さ、複雑さがどこに由来するのかを考え、対処するためのガイドとし て有用であろう。

MCAM簡易評価ガイド(藤沼により一部改変)
病い/疾患(身体精神)症状の重症度は?診断は難しいか?症状に対応・生命にかかわるかを診断

事例の現在の状況 行動すべき領域
行動習得レディネス
苦痛マネージメント
治療や変化への準備ができているか
症状で苦しんでおりイライラしているか
行動・情動のいらいらに対応
安全な社会生活

社会的サポート
社会参加

住居の安全安定は?ネットワークへの参加は?
社会的孤立へ対応・安全確保
医療機関の強み弱みと関係性 関わる医療者の数と種類は?
医療者と患者の関係は?
コーディネーションと各種関係性の強化

2.一人で事例をマネージメントするのは、精神的にも時間的にも難しい。

複雑困難事例に対しては、多職種チームの形成が不可欠である。上述したような評価表をもとに、情報収集、評価、ケアプランの作成などを協働して実施するこ とである。また「つらいのは自分一人でない」という意識をもてるようになることも大切である。得てして医療者は「問題解決」ができないと不全感に陥るもの であるが、複雑困難事例については、「安定させる」「落ち着かせる」という目標設定は適切であることが多い。特に介入がどのような結果をもたらすかが予測 できない複雑性が極めて高い事例(Chaos事例)では、「ただ見守る」「少なくとも見捨てない」ということしかできないことも多い。こうした事例では、 問題が落ちついたあとに、事後的にチームで振り返りを行い、教訓を引き出しつつ、チームメンバーの心理的・感情的なサポートを行うことも大切であろう。例 えば、事例の振り返りをスタッフ教育やケアの質改善にむすびつける、Significant event analysis(SEA)という手法が参考になる[4]。

3.複雑な問題を抱える患者とのコミュニケーションがうまくいかない。

患者中心のコミュニケーションの方法や、動機付け面接法の習得が有用である。
家庭医療学の領域で研究開発されてきた患者中心の医療の方法(Patient centered clinical method)は複雑困難事例に対するコミュニケーションの枠組みとして、よく体系化されたものである[5]。患者中心のコミュニケーションのポイント は、患者と医療者で共通基盤を形成し、それに基づくマネージメントを実施するところにある。共通基盤を形成する過程で生じる患者と医療者のギャップが、 「うまくいかない」感のもとになっている。このギャップをうめるために以下の方法や視点が提示されており、有用である。

  •  病いの日常生活への影響、患者自身の病いについての考え、背景の感情、医療者への期待を明らかにする。
  •  患者の生活の文脈とライフヒストリーを明らかにする。家族、仕事、友人、宗教、生活環境、経済状態、人生の価値観をきく。
  •  医療者患者関係を強化する。特に継続性、首尾一貫性を重視する。
  • 当該の問題以外の予防医療的介入も行う。
  • 実行可能な計画を立てる。

4.複雑な事例をマネージメントしていく上で、助けになる地域のリソースがわからない。

複雑困難事例に対応するために、事例に応じてチームを形成する必要があるが故に、自分の診療所や病院以外の施設のスタッフとチームを組むこともしばしば求 められる。医療保健福祉、そして行政機関などのスタッフを具体的に知っていることが様々なアイデアのもとになるものである。普段から地域に入り、さまざま 施設、組織に出入りすることで、具体的な人のネットワークを形成しておくことが、今後出会うであろう複雑困難事例に対応するためのリソースを確保すること につながるのである。また、地域には、ボランティア組織、趣味や活動の団体、特殊な技能をもった人などインフォーマルなリソースが豊富にあるはずであり、 そうした情報も日常的に集めておきたい。困ったことはチームに相談し、地域に相談することが肝要であり、人のつながりを生かしたアプローチを心がけたいも のである。

おわりに

家庭医のようなジェネラリストはその仕事の性格上、生涯学習は疾患の頻度や重症度など従来型の問題分類に基づいて行うことは必ずしも有効ではない。 Simple, Complicated, Complex, Chaosという複雑度の程度に応じた生涯学習スタイルを提示した。特に複雑困難事例に取り組むやり方と、そこにむけての学びはほとんどこれまで注目され ていなかった。たとえば、現場ではあまりの困難さに意気消沈することもあるかもしれない。しかし、複雑性の系統的な評価、有効なチームの形成、患者中心の コミュニケーション、そして自分の施設の外に出て、地域の力を借りることが助けになる。そして、たとえ問題解決が不可能であっても、見捨てない、見守る、 それなりに落ち着いた状態にする、ということに十分な価値があることを知っておきたいし、そうした経験をチームで積むことが、家庭医の生涯学習の重要な構 成要素になっているのである。

引用文献

  1. Martin C, Sturmberg P. General practice — chaos, complexity and innovation. Med J Aust 2005; 183 (2): 106-109.
  2. de Jonge, P., Huyse, F., & Stiefel, F. ( 2006). Case and care complexity in the medically ill. Medical Clinics of North America, Volume 90, #4
  3. Peek CJ, Baird MA, Coleman E. Primary care for patient complexity, not only disease. Fam Syst Health. 2009 Dec;27(4):287-302.
  4. 大西 弘高, 錦織 宏, 藤沼 康樹 [他]. Significant Event Analysis--医師のプロフェッショナリズム教育の一手法. 家庭医療 2008 14(1), 4-12.
  5. モイラ・スチュアート著, 山本 和利 監訳. 患者中心の医療. 診断と治療社, 2002.