ケアの継続性

ケアの継続性の諸相

家庭医療における行動原則は、「長くそこにいて、特定の個人、家族、地域を継続的にケアする」ところにあるが、この章では「継続的にケアする」ということについて、事例を通じて深く考えてみよう。

事例1 64才男性。
高血圧症で家庭医A医師が18年間フォローアップしているが、同時に定期的な大腸がん検診を勧めている。

「継続的にみる」ということでまず思い浮かぶのがこうした特定の(慢性)疾患を同じ医師が治療しつづけることであろう。家庭医の場合は、同じ疾患を長く フォローすることで、その間にあらたに生じた健康問題(腰痛)に対応したり、予防医学的な介入(がん検診など)を勧めたりすることもある。

しかし、専門性の高い領域の疾患(神経変性疾患や膠原病など)をもつ患者で、その分野の専門医によるフォローアップが継続的におこなわれている場合、その専門医へのアクセス(近接性)があまり良くないこと(距離的に遠い、外来単位が少ないなど)も多く、日常的な健康問題(急性上気道炎、腰痛など)は近くの 医師にかかることが多い。特定の疾患を継続的に診ること自体は、全ての医師に共通する役割である。したがって、家庭医療における継続ケアの一部を構成するが、それが全てではない。

よくある慢性疾患や健康危険因子の長期のフォローアップは家庭医の重要な役割である。高血圧症、糖尿病、骨粗しょう症、脂質異常症などに関しては、なにが その時点でスタンダードなのか、治療内容の科学的根拠とその目標はなにか、定期的になにを検査すべきなのか、といった知識を常にアップデートしつつ、継続 的に診療していく必要があることは、専門医の継続ケアとなんらかわるところはない。ただし、専門医への紹介のタイミング、あらたに生じる健康問題への幅広 い対応、ライフステージ毎に必要とされる適切な予防医学的介入などは、家庭医による継続ケアの特徴といえるだろう。

比較的少数の同じ医療者に長くケアされる継続性はlongitudinal continuity(縦断的継続性)と呼ばれる。これはいいかえれば、同じ医者に掛かり続けることであり、それが継続性だと一般には思われているが、ケ アの継続性はもっと多様な側面を持っている。

事例2 71才男性。
5年前に総合病院消化器外科にて早期胃癌により胃切除術を受けた。手術を実施した外科Drの外来に3ヶ月に1度通院していたが、再発なく、今回で定期受診は終了と言われた。

早期胃癌の手術を受けたあと、その後の経過が良好で、「治癒」と判断されたので、医師患者関係が終了した事例である。疾患の治癒は非常に喜ばしいことであ る。むろん胃癌の再発や、なんらかの別の消化器疾患が生じた場合に再度この外科Drを受診することはあるかもしれないが、高度医療施設は近接性に欠ける場 合がしばしばあるため気軽には相談に行けないものである。つまり、ある特定の疾患についてのみ対応する医療形態では、その疾患に関する問題が解決したり、 終了したりすればケアは終了する。つまり、この場合継続性の基盤はあくまで疾患そのものであるといえる。

また、こうした特定の健康問題が一定解決したのち、フォローアップ目的で家庭医に患者が紹介される場合も近年増加している。また、転居などにともない、都 市化と流動化により、スムーズに医療内容が引き継がれる必要性がまして来ており、正確な情報の整理や伝達が重要である。こうした情報の観点からみた継続性 をinformational continuityと呼ぶ場合がある。

事例3 24才女性。
発熱、咽頭痛で家庭医C医師を受診、急性咽頭炎と診断された。その2年後、膀胱炎で同C医師を再度受診した。

さて、家庭医の場合、疾患に由来した問題が解決した場合、そこで医師患者関係が終了するかというと、そうではない。家庭医は、診療を通じて「またなにか あったらこの医師に相談しよう・・・」という思いがその患者に生まれることを目指しているからである。その患者の健康問題の解決のためのリソースとして、 その医師が「かかりつけ医」として存在するようになることが、家庭医がその地域で役に立つ医師になれる前提である。それでは、地域住民がその医師を自分の 「かかりつけ医」と認める条件とはなんだろうか。篠塚らiに質的研究よると、以下の構成要因を満たす場合にその医師はかかりつけ医となるとされる。すなわち、

  1. よくコミュニケーションがとれる 話をよくきいてくれる、わかりやすく説明してくれる、など。
  2. 受診のための環境がよい かかりやすいということ。特に居住地から近く、その医師の外来単位が多い、など。
  3. 自分のことをよく知っている 自分の仕事や生活の様子、暮らしぶり、性格、価値観などをしっていてくれていること。また、職種にかかわらず、長くはたらいているスタッフがいること、など。
  4. 医師に対する心理的バリアが少ない 自分と同じ目線にたってくれている、自分の考えがいいやすく、何でも相談できて、意思決定に参加できる、など
  5. 責任をもって問題解決をおこなってくれる しっかりとした知識や技術をもっていて、はばひろい健康問題に対処できる。ただし、わからない場合、手におえない場合はすみやかに、適切な施設へ紹介して くれること。ある疾患を治療することができなくても、また高度な検査機器などがなくても、それをもってかかりつけ医でなくなるということはない、など。

この研究におけるかかりつけ医の定義は、「なにか健康上困ったことが生じたときに、まず頭に思う浮かぶ医師」ということである。列挙した5つの要素はまさしく現代的な意味での家庭医のコアとなる特徴であり、これらの能力をもつかかりつけ医こそ、実は家庭医と呼んでよい。

たった一回の診療でも、しっかりした医師患者関係が築かれることがあるが、これは対人関係上の継続性があるといいかえることができ、Interpersonal continuityと呼ばれる。

事例4 18才男性。
大学入試のために診断書記入を希望して来院。乳児健診、予防接種、急性上気道炎、ねんざ、学校検診異常精査などで、18年間で16回家庭医D医師のもとをおとづれている。

この事例においては、特に慢性疾患のない一人の地域住民が、長きにわたって、さまざまな理由で家庭医にかかっている。この男性が、この地域で生まれ、育 ち、成長して一人前になるプロセスをささえる、保健医療上のリソースとしての役割をこの家庭医は果たしているといえるだろう。そういう点で事例3の発展形 といってよい。こうした長く人の成長や生活を支える働きができるところに、医師としての高い価値を置くことができるのが家庭医の特徴である。「長くそこに いて、特定の個人、家族、地域を継続的にケアする」ことの内実はこの事例には端的に現れているのである。

事例5 58才女性。
5年前に糖尿病といわれるも放置していた。再度健診にてHbA1c8.8%を指摘され、家庭医B医師受診。その後同医師に2週間に一度のペースで4回診察をうけ、糖尿病への意識が高まり食事療法、運動療法に取り組むようになった。

おなじ家庭医が継続的にみることで患者に何らかの変化が生じることはしばしば経験するところである。この事例では、おそらく先述した interpesonal continuityが構築され、強化された医師患者関係のなかで、糖尿病に対する行動が変容したと思われる。継続性のもつ「癒し」や、変化をもたらす力 を実感する事例であろう。

また、こうした事例においては、看護師、管理栄養士、運動療法士など、多職種チームが継続的にかかわることが多い。場合によっては、担当医が途中で変わっ たとしても、チームの多くのメンバーが継続的にかかわることでよい結果につながることが多い。よい職種間コミュニケーションにささえられた多彩な専門家に よるチームによるケアの継続性をCross-boundary continuity(越境型継続性)と呼ぶ。

継続的なケアは健康状態を改善させうるか

ケアの継続性のもつ力や価値は、多くの家庭医の共通認識になっており、ある意味自明なものと思われている。しかし、ケアの継続性が患者の健康になにかよい 影響を本当にもたらしているかどうかについての実証的な研究にもとづくエビデンスは、研究の方法論の難しさもあり、世界的にみてもまだよく分かっていない ところがある。近年のSaultzらiiのレビューでは、予防医学的介入が増え、入院の頻度が減るということに関しては質の高いエビデンスが集まってきているが、日本においてはこの方面の研究は非常に少ない。今後の研究が待たれる領域である。

まとめ

連続した診療が様々な要因により影響をうけて、ケアの継続性が成立する構造をFreemanらiiiの研究に従って図1(略)に示す。この図から継続的なケアは家庭医療のコアとなる行動原則と深く通底していることが理解できるだろう。

参考文献
i篠塚雅也, 大野毎子, 藤沼康樹, 松村真司. かかりつけ医に求められる条件についての質的研究. 病体生理. 2002; 92:19-23
ii Saultz JW, Lochner J. Interpersonal continuity of care and care outcomes: a critical review. Annals of Family Medicine 2005;3:159-66.
iii Freeman GK, Olesen F and Hjortdahl P. Continuity of care: an essential element of modern general practice? Family Practice 2003; 20: 623–627.